二元論的発想を越えること

 TPP交渉参加9カ国が、年内に交渉を妥結させるという目標を事実上断念したようだ。各国間の意見の隔たりが大きく、調整に手間取っている模様。8国が米国の言いなりになっておらず「交渉」が行われている、ということなのだろう。

 米国もかつてほど他の国々に対して無理を強いる大きな力を持ってはいない。いろいろ弱みを持っているのである。現在の国家間のパワーバランスを考えれば、日本がTPP交渉に参加しても、一方的に米国の言いなりになるとは考えにくいと私は考えている。同じテーブルに着いて堂々と交渉をすれば、一方的に不利を甘受するだけではなく、様々なメリットを引き出すこともできるはずだ。「交渉のテーブルに着く」ということはそういうことである。

 「交渉に参加すれば、不利な条件を受け入れざるを得なくなるだけだからTPP参加に反対」と主張する人たちは、今までいったいどのような交渉を経験してきたのだろう。よほど交渉が下手な人々に違いない。もちろん不利益を飲まなければならない部分もあるが、全体としては全ての参加者がメリットを享受できるような「解」を共同で創造するのが交渉の醍醐味である。そういう醍醐味を一度でも味わった経験がある人は、おそらくTPP参加について安易に反対はしないのではなかろうか。

 現在のような不安定な世界経済の状況では、1929年以降の大不況時に各国が保護主義に大きく傾いて世界経済が収縮していったような事態はなんとしても避けなければならない。現在の状況を眺めれば、各国内で保護主義的な主張が沸き上がっているにも関わらず、全体としては一応それとは逆の方向にベクトルが向いている、というのが私の読みである。1929年以降に世界が経験したことが教訓として記憶されているということだろう。ただし、楽観はできない。いつ状況が反転するかわからないからである。

 TPPは自由化を目指した動きなどではなく、米国を中心とした「ブロック経済」を押し進めることに他ならない、と主張する論者も存在する。この点は注意深く精査しなければならない。参加各国がそれ以外の国々や地域との経済連携を弱めてTPP参加国内のみで自由化を促進しようとしているのであれば「ブロック経済」云々という指摘は当たっているだろう。しかし、現実は果たしてそうなのだろうか。

 TPPについて考えるときに、世界経済全体を視野に入れずに部分のみを見て判断すれば、状況を見誤ることになるだろう。

 TPP問題だけに限ったことではないが、「賛成」「反対」のいずれかの主張だけを行う人が目立つ。しかし、状況は単純に「賛成!」「反対!」と言えるようなものではない。片方が他方の意見を圧殺して突き進めば、双方がダメージを受けて、全体が台無しになる危険性をはらんでいる。解決が難しい問題はたいていこのような「ジレンマ」を抱えている。TPPについても同様である。どのようにしたらこのジレンマを克服できるか、という方向で人々が知恵を絞り合うような状況を私は望んでいるのであるが、メディアを通じて伝わってくるのは、おおかたが「賛成/反対」の二元論的発想に支配された人たちの主張である。

 「TPP交渉参加すべきか否か」ということよりも、多くの人々が二元論に支配されていることの方が私にとってずっと大きな問題である。このような状態では、TPP問題に限らず、あらゆる判断を間違ってしまうだろう。

 この二元論的発想を越えることこそが、これからの人類の最も大きな課題だと、私は考えている。とてつもなく難しい課題だと思う。

 

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