「テキスト経済圏」という概念について

「テキスト経済圏」という言葉は僕の造語で、この概念は大学院の学生だった1996年頃に思いついた。

その経緯はいずれ別の稿で書くが、この言葉を念頭に置きながら現実の経済を眺めると、インターネット以後の経済の本質がよく見えてくるので、これまでずっと意識し続けてきた。起業後、主にテキスト(広告文や企業内文書など)に関わる仕事をしてきたのも、テキストが経済や経済活動にとって重要だと考えていたからだ。

「テキスト経済圏」という概念は自分が物事を考えるために考えたもので、ずっと僕の頭の中だけにあったが、これを外に出した方がよいと最近考えるようになった。テキストの役割を軽視している人があまりにも多いからだ。

さて、ここからが本論。とは言え、今回はさわりだけ述べる。

経済活動には言葉が不可欠で、言葉のやりとりがないところでは「ヒト・モノ・カネ・情報」は動かない。

そういう意味で、僕は、経済にとってはカネ(マネー)以上に言葉の方が本質的に重要だと考えている(この認識を共有できない方は、以下を読んでも意味がないだろう)。

その言葉をやりとりする手段の一つがテキストだが、そのテキストを空間と時間の軛(くびき)から解き放ったのがインターネットである。インターネット以後、テキストの形で伝えられる「言葉」も空間と時間から自由になり、個人や小さな会社や店でもテキストを不特定多数に向けて発信できるようになった。

これは月並みな言葉を使えば「革命」だと思う。人類史や経済史上でも特筆すべき、本質的に重要な変化である。インターネット以後、経済におけるテキストの重要度は急上昇しているが、それを実感している人は案外少ない。

「face to faceのやりとりが重要」と言っている人も、最近では、その多くがテキスト(電子メール)を交わして会う約束をしている状況がある。テキストを容易にやりとりできるようになったおかげで、昔よりも会う約束をし易くなっているのだが、それを自覚している人は少ない。

今後、テキストをやりとりできる人との経済取引が増え、そうではない人との取引が細っていく傾向がどんどん強まり、テキストを使って言葉を交わす経済圏、つまり「テキスト経済圏」が拡大し、世界の隅々まで覆い尽くすようになるはずだ。

テキストのやりとりだけでおおかたのことをコミュニケートできる人(法人も含む)とそうでない人との間には、商圏の広さと取引の回転スピードに大きな開きがあるので、今後、両者の間では経済格差が広がっていくだろう。

インターネットが一般に普及し始めてから、既に20年程度が過ぎようとしているが、そろそろテキストの重要性に気づいてもいい頃ではないだろうか。いまだにテキストを軽視している人々は、世界経済の中で最も変化の乏しい部分の中に身を置いているのだと思う。

僕の周りには、「離れた場所にいる人とはテキストのやりとりができれば十分なので、電話は不要だから通話用の携帯電話の契約を止める」と言っている人が出現し始めている。今後、そういう人は増えていくだろう。そして、いきなり他者の携帯電話に電話をかけるような人は「迷惑な存在」として敬遠され、取引相手から外される傾向が強まっていくはずだ。

経済は非常に冷酷なところがあり、現実の変化に気づかずに昔のやり方を続ける者たちを淘汰するメカニズムを持っている。変化を起こさせないように政治家に働きかけて仮に成功しても、これにより世の中の変化から遅れ、変化に対応する力が萎えるので、かえって淘汰される可能性を高めるだけだと思う。これを「無駄な抵抗」という。

 

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