『Made in America』を読む

最近『Made in America アメリカ再生のための米日欧産業比較』という古い本を引っ張り出してきて読んでいる。これは米国で1989年に出版されたもので、日本では1990年に翻訳本が出された。

この本は、MITが2年がかりで行った当時の米国経済の実態調査の結果を、日欧と比較しながら分析したものだが、出版の2年前にノーベル経済学賞を受賞したロバート・ソローが著者の一人に名を連ねていたことも手伝い、米国を始め、海外でもかなり読まれた1冊である。

どうして、この本を今頃、読んでいるかと言えば、日本経済の実態を隅々まで理解しないまま作られたトンチンカンな経済政策が実行されたり、それに対する批判も同様に実体経済の隅々にまで目を至らせずに行われていたりする現状に、さすがに辟易してきたからだ。

いわば「患者」の状態を精密に検査しないまま治療法が実行されているのだが、そんなことをやっていて「病気」が治るはずはない。

「精密検査を行わず患者が実際にどんな状態なのかを把握しないままに、カンフル剤を投与する治療法が実行に移され、しばらくの間、患者がちょっと元気になるような兆候を見せたが、やはり元気がなくなり始めた」というような、非常にレベルの低いことが平気で行われているのだ。

米国では、経済がどん底にあった1980年代後半に、MITの中に「産業生産性調査委員会」が組織され、「精密検査」が行われたわけだが、実際に実態を隅々まで調べてみたら、それまでの常識とは異なる米国経済の姿が見えてきた。それを報告したのが『Made in America アメリカ再生のための米日欧産業比較』である。

この『Made in America』という報告書の中で最も重要な指摘は、「従来の生産性問題に関する研究は、問題の根本原因がマクロ経済政策にある可能性が高いという立場に立ってきたが、生産性低下の原因と思われる要因はもっと多」く、「これらの要因の多くは、企業が事業を行う環境に関わるものである。事業環境以外の要因として指摘されるのは、企業内組織と企業経営の問題である」と述べている点である。これは要するに「マクロばかり見ずにミクロを見よ」ということである。

この調査報告書が世の中に出されるまでは、米国でも、経済学者や経済アナリストたちの議論の中心はマクロ経済政策であったが、上の指摘を受けて、従来は経営学者の領域だと考えられていた企業内組織や企業経営に目を向ける経済学者たちが米国内に増えたという印象を僕は持っている。

これは経済学の歴史の中では、かなり特筆すべきことだと思う。

この報告書が世に出た3年数ヶ月後に大統領に就任したクリントンは特に経済政策に力を入れた人物だが、その政策の特徴は、マクロではなく、ミクロを変えることの方に力点が置かれていた点だと僕は考えている。彼が選挙運動中に繰り返し唱えた「change」「time for change」という言葉は流行語になったが、これは「国のマクロ経済政策に期待してばかりではなく、皆さんがミクロをchangeしなければ、経済はよくならないんだよ」というメッセージが含まれていると僕は理解している。

こういうメッセージに最もよく反応したのは IT産業などの新興勢力である。

クリントン政権の経済政策は、それ以前の政権が掲げる経済政策とは観点が全く異なるが、経済学者やアナリストたちの間にも同様に観点の変化が起こっていなければ、彼の政策は「非常識」として一蹴されて支持する者は少なかったのではなかろうか。彼らの観点や認識に変化を起こしたものとして、とりわけ重要なものが、この『Made in America』であると僕は考えているが、実態を「精密検査」し、今まで見えなかった姿を世の中に示す仕事の意義は大きいと思う。

この『Made in America』には、20数年が経過した現在読めば、大きく予測が外れている点も含まれているのだけれど、マクロ経済政策にだけに向かっていた意識をミクロにも向けた点は非常に重要である。

日本での経済論議は、20数年前の米国と同様、マクロ経済政策に集中している。ミクロを見ないで考えられた経済政策はどうしても的はずれなものにならざるを得ないし、それ以前に、少なからぬ人々が万能であると勘違いしている政府や中央銀行ができることは実は非常に限られている。限られた手法で日本経済全体を変えることはどだい無理であり、多くの人々が政府や中央銀行に期待し過ぎる限り、日本経済の「再生」は難しいだろう。

『Made in America』の中には「政府の政策と行政措置の急激な変更は、企業投資のための長期計画の設定を困難にする。」という記述があるが、これは完全に正しい。「アベノミクス」が登場してから「先が読めない」と言っている企業経営者は少なくない。

日本でも、そろそろMITの経済学者たちが行ったような本格的な「精密検査」を行うべきではなかろうか。実際に精密検査を行えば、重要なのはマクロ経済政策ではなく、企業内組織と企業経営など、ミクロレベルでの変革であることが見えてくるだろう。

しかし、実際に日本経済のミクロに目を向ければ、長時間労働で疲れ果てて、企業内組織と企業経営を変革する時間も気力も乏しい、という状況がある。変革や改革には実行可能で効果が期待できるプランを策定することが不可欠だが、企画する立場にある比較的優秀な人々が、企画書を書くための十分な時間を確保できないという問題がミクロの世界には存在する。まともな企画がなければ、状況が好転することはありえない。

今、日本で最も「change」すべきは長時間労働がアタリマエな状況だろう。この点が変わらないままカンフル剤をいくら打っても、変わるための仕事をする時間が少なければ変わることはできない。

 

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